今日も空が広い

アメリカの片田舎から思いつくままに…

子供が一人死んだという重大さを共有したい。

昨日、いじめについてつい長々と書いてしまった。
うまく整理されていないけれど、いろいろな思いをこめて書いた。

でも今日わかった。一番いいたかったのは、まず子供が一人死んだという悲しみを共有したいということだ。


もし同じ学校の保護者の一人だったら。
追悼式をして、遺族の方々、生徒、保護者、教師、その他の地域の方をふくめて、一緒に悲しみたい。泣きたい。死なせてしまってごめんね、と謝りたい。

一人一人それぞれの場所で悲しむのではなく、一緒に悲しみたい。

怒りで悲しみを曇らせたくない。
そう思った。