今日も空が広い

アメリカの片田舎から思いつくままに…

映画「オデュッセイア」と「国宝」

映画「オデュッセイア」を見てきました。

今アメリカではとても人気なようで、IMAXのチケットは当日だと端っこしか予約できないので次の日のチケットを購入しました。(こんなこと、最近はほとんどありません。)

 

圧巻でした。

まさにエピック。

 

ギリシャ神話しかり、シェークスピアしかり。何千年、何百年と語り継がれる物語の深さと言葉の重さ。それを現代のセンシビリティとテクノロジーで丁寧に紡がれた、あっという間の3時間でした。

 

ちょっと似てるところがあるな、と思ったのは日本で見た「国宝」でした。

 

どちらも何十年という一つの時代を感じさせる壮大な物語。

自分ではコントロールできない大変な出来事に翻弄される主人公。

天才的な才能故の成功と挫折。

人間の業の深さ。

最後は一人の人間としてのパーソナルな物語。

 

画面いっぱいに広がる幾重にも見える複雑な表情をみせる役者たち。本当に役者ってすごいな、と思います。

 

映画をみてちょっといろいろ思い出してきたので、「国宝」と「オデュッセイア」についてそれぞれ思ったことを。

(ネタバレもあるかもしれません!!!!)

 

「国宝」

  • 今年4月に見に行ったのですが、ほぼ満席でびっくり!確かにすでに上映館はかなり少なかったですが、それにしても!
  • とにかく役者の方々が素晴らしいと思いました。もちろん主人公もそうですが、喜久夫の子供役の方もとてもよかった。自分の父親が雪の中殺されるシーン、恐ろしいけれど同時にその美しさに魅入られてる、その演技が素晴らしいなと思いました。またそのシーンが最後のシーンと繋がる感じ、とてもよくできてるな、と思いました。
  • また万菊さん役も本当にすばらしかった。彼(彼女?)がでてくるシーンは本当に緊張感があって映画の中でとても効果的だと思いました。
  • 唯一残念だな、と思ったのは女性の描かれ方がとても雑だな、と思ったことです。もちろん歌舞伎は男性社会、男性中心の物語であることはよくわかります。でももう少し丁寧に描かれてもよいのでは?
  • ちなみに映画をみて一番感じたのが「業の深さ」なんですけれど、それって一体なんだろうと思ってAIと対話した回答がこちらです。
    • 「業の深さ」は、単なる“執念”や“努力”よりも、もっと人間の根っこにあるものを指します。

      まず「業」という言葉自体は、もともと仏教の概念で、人の行い・選択・欲望の積み重ねが、その人の性質や運命を形づくるものという意味があります。善いことも悪いことも含めて、「その人をその人たらしめている力」です。

      映画『国宝』で感じた「業の深さ」は、例えばこんなニュアンスに近いです。

      • 芸に取り憑かれてしまい、普通の幸せ(家族・安定)を犠牲にしてでも離れられない
      • 理屈ではやめた方がいいと分かっていても、やめられない衝動
      • 才能や環境ではなく、「どうしてもそう生きてしまう」避けがたい方向性

      つまり、「努力している」というよりも、そうせざるを得ない宿命のようなものです。

      芸の世界だと特にわかりやすくて、歌舞伎や伝統芸能では「芸に生きる」ことが美しくもあり、同時に恐ろしくもある。なぜなら、その人の人生が芸に“食われていく”側面があるからです。

 

「オデュッセイア」

  • またしてもマット・デイモンの帰還物語。Memeにもなってますが、私ですら、どんだけ彷徨う男やねん!って突っ込みたくなります。(笑)
  • 業の深さ、という点においてはこちらの物語も本当に業が深い、というか、その業を丁寧に描いている、という気がします。正直その深さにおいては「オッペンハイマー」に近い気がします。またクリストファー・ノーランが今、そのような映画を連続して撮ってるということにも意味があるのかな、なんて思います。
  • 男社会による男の物語なんですけど、ちゃんと女性の物語も節々に入れているのが素晴らしいな、と思います。特にキルケー(Circe)役のSamantha Mortonはすでにオスカー候補を囁かれたり。映画全般、女性の出番は本当に短いのですが丁寧に描かれていて印象深くさすがだな、と思いました。
  • 唯一残念だな、と思ったのが音の大きさです。こちらは映画館によるのかもしれないですが、とにかく耳が痛くなるくらいに音が大きすぎる。かと思うと人が囁いてる時は言葉聞き取れないくらい小さくなる。これはちょっと残念でした。

 

人間の業の深さ。

その美しさと恐ろしさに惹きつけられて人は何度も見たくなるのでしょうね。

Next Stage of Our Lives

息子が今年の夏、アメリカの高校を卒業しました。

(卒業式は6月初めでちょっと前でした。)

 

高校4年間、Varsityでサッカーに打ち込みながら、いろいろな難しいAP(Advanced Placement、大学の単位ともなる高校で取れる授業)クラスを取って、大学受験も全て自分でやり遂げて、これから大学生です。

 

I am so proud of you!!!

 

本当よく頑張ったね。

私は見守るだけだったけど。

(っていうか、君、正直そんなに勉強してなかったのに、よく単位もしっかり取って、大学もちゃんと受かったね。すごい!)

いい友達もいて、いい高校生活だったね。

大学に向けて自信がみられるのが私も嬉しい。

 

と、同時に、正直寂しさも。

ああ、本当にもう、ママ、ママーーーって言っていた子供じゃないんだな。

また大きな大人へのステップを踏んだんだな、と卒業式に感じました。

 

そして感じるのは、、、

ああ、可愛かった子供の頃の息子にはもう2度と会えないんだなあ。。。

 

もちろん頭ではわかっているし、大人になってもママ、ママーーーーは問題なので会えなくていいんだけど、やっぱり寂しさを感じずにはいれません。

 

でも、これこそがビタースウィート。苦くて甘い。嬉しいけど寂しい。幸せだけど悲しい。

 

人間って一見相反するような感情でもどちらもフルに感じ入ることができる、そう思います。どちらかを選ばなくてもいい。状況に合わせて心を膨らませることができる。そして私はその相反する感情、どちらもしっかり味わいたいと思います。そして感受性のキャパシティーをどんどん広げていきたい。だから今、どちらも堪能しようと思います。

 

これからは大学の寮生活になり、生活も別になります。

(でも同じ州の車で1時間くらいのところにしてくれてありがとう!!!悩んでいたもう1校に決めてもサポートしたけど、近い方が母としては嬉しいです!!!)

息子が次のステージに行くと同時に、私も次のステージを模索したいと思います。

 

もう少し、このビタースウィートを堪能したら。

 

 

本当に高校卒業おめでとう!

 

 

自分を責めない

今回父のケアに二ヶ月ほど一時帰国をしました。

すぐに日本に一時帰国して父をケアをしなくてはと思ったのは、母を早くに亡くした苦い思い出があるからです。母は60代前半で病気で亡くなりました。数年病気と戦いながらもどんどんと病気に蝕まれていく母を見ていきました。

私も若かった。子供も生まれたばかりだった。仕事も大変だった。海外に住んでいてすぐに飛んでいくのはハードルが高かった。自分が自分を正当化できる理由はたくさんあったと思うけどやっぱりたくさんの悔いが残っています。

 

もっともっと早くに気づいていれば

もっと丁寧に母の言葉を聞いていれば

もっと早くに対処していれば

自然と治るかもと楽観視せずワースト・ケース・シナリオで動いていれば

 

でも過去には戻れない。時間は先に進むのみ。

ならば次回同じパターンがきたらすぐに動こう、と思っていました。

 

 

同時に思うのは、、、

反省する。起きたことを深く考えたりもする。ああすればよかった、こうすればよかった。辛いことだけど起きたことの検証はする。

 

でも自分を責めない。

 

自分を責めるのは学んだことを次回同じバターンが来た時に学んだことを活かすことの妨げだと思うから。

 

 

これはアメリカにきて学んだことかもしれません。

 

仕事でもプライベートでも予期せぬ悪いことが起きることがあります。

例えば仕事で自分がしたことで会社が訴訟に巻き込まれる。(まあ、とにかく訴訟社会なので本当に頻繁に起こります。)

会社が一番にリソースを費やすべきは1)いかにダメージを最小限に食い止めるか、と、2)再発防止と、3)再び同じようなケースが起こった時の対処方法のプロセスを制定すること、です。

ここで会社内で誰が責任取るべきかを探し追求し反省させるということは本来であればリソースの無駄遣い、という認識があります。(というか、私が勤めている会社にはあります。ただアメリカも広いので様々な会社があります。)なぜなら上記の1、2、3を実行するには渦中にある人やチームの協力が必要だからです。

 

「人」や「自分」を責めても本当にいいことない、というのが私が学んだことです。

 

本当に自分を責めなくていい。

 

その時のその瞬間は正しいと思って行動した。それでいいと思う。

また同時にこうじゃないと思ったけどこうせざるを得なかった、それもいいと思う。

でも今、その時より賢い今の自分は昔はこういう部分を見逃していたし、優先順位もこうだし、今ならこう動けた、と検証する。

そして今後起きる同じようなパターンが発生した時に新しい行動が取れることにフォーカスする。

 

それでいい。

 

本当に自分を責めなくていい。

自分に甘く、他人にも甘く、それが私のモットーです。

 

 

 

 

老いと向き合う

日本に一時帰国しておりました。しかも今回は15年以上ぶりに二ヶ月も日本に滞在しました。父のケアをするために病欠をとって。父とこんなに日本で長い時間一緒に過ごすのは、正直小さい時以来かもしれない。本当に貴重な時間を過ごしてきました。

 

母が亡くなって10年以上。

ずっと父は頑張って一人で暮らしてくれていたけれども80近くになりここにきて色々ガタがきたようです。「一人で暮らすのは疲れた。寂しい。もう頑張れない。」お酒ばかり飲んで食べないし人にも会わない。ついに血液検査でも危険信号がたくさん出てきてこのままじゃやばいと思って病欠申請をして日本に飛んできました。

 

去年はアメリカに遊びにこれるくらい元気だったのにこの1年でだいぶ老けてこんできたようです。とにかく人と会わないので話ができない。言葉がでてこない。ぼーっとしている。食べ物もほとんど喉を通らない。

本当にあわてて日本に飛んできてよかった。

 

まずは医療関係の整理。

近くで親身にみてくれそうなクリニックを探して一緒に診断を受けて相談をする。

治療プランを相談してこれからの方針を決めていく。

 

次はとにかく落ちている筋肉をなんとかせねばとスポーツジムに行く習慣を作る。

地域のスポーツセンターにはすばらしいトレーニングジムがあって、しかも高齢者は無料!

これを使わない手はないと思い一緒に行って、トレーニングセットを考えて一緒にやってみる。滞在中、時間があるときはなるだけ通い習慣づけて、週に3、4回は行くようになる。

 

あとは参加できるコミュニティーを探す。まずは町内会に参加。交通安全係にボランティアしたり、お祭りの準備のコミッティーに入ったり。また、区の会館で開催されてる将棋や囲碁の会に申し込んだり。とにかく人と接する機会を増やすアクティビーを入れていく。

 

その間、散歩に行ったり、ご飯を作ったり作ってもらったり、映画を見にいったり、父が大好きな野球観戦にいったり。東京都内は本当に毎日やることはたくさんあるのでちょっとでも外に出る機会を作ってみた。

 

今回向き合ってみて、老いというのは、ちょっとした気の持ちようで、負の連鎖で渦巻きに引き込まれるように弱っていくという現実を目の当たりにしました。

ただ同時に一緒に向き合い、一つ一つ課題を解決していくとみるみる元気が戻ってくることもわかりました。話好きな父がまた話をたくさんするようになり、ご飯も食べれるようになり、表情も明るくなってきた。

 

まるで萎れてた花が新しい水をすってまた元気になるように。

 

80でも90でも元気な人には理由がある。

スポーツジムにいくとたくさんの高齢者の方が一生懸命汗をかいている姿が見られて、私も頑張ろうと思いました。何歳でも遅くない。体力や筋力で差が出るのは実は高齢者かもと思いました。

 

また私がアメリカに帰った後は、友達に会いに沖縄に行く旅行とまたアメリカに来る旅行を入れて、なんとか次の楽しみまで頑張れるように予定を入れておきました。(そしてその後は私ももっと頻繁に帰れるようになんとかしなくては。)

 

私にとってもそう遠くない自分の未来のため今何ができるのかを考えるいい時間になりました。

 

 

2025年に見た印象深かったテレビドラマ (2)

前回、大晦日に最終回をみたストレンジャー・シングスの話を書きましたが、2025年他にも面白いテレビドラマを見たので簡単に振り返ってみたいと思います。

 

まず最初は

Andor

アンドーはスター・ウォーズシリーズの一部であり、時系列的には映画の「ローグ・ワン」の前となります。(主人公のアンドーはローグ・ワンに出てきますし、最終話はすぐにローグ・ワンに続くような設定になっています。)

 

正直スター・ウォーズシリーズはディズニー系になりとにかくたくさんのスピン・オフがだされたのですが、いくつかは見たもののシリーズを完遂するのは難しく、正直ちょっと辟易としていました。でもこちらのシリーズ、とても評判がよく、また2シーズンで終わるというので見始めたのですが、すばらしいドラマでした。

 

スターウォーズといいながら、JediとかForceとかが出てこない、かなり現実的な物語で、どうやってSithとなるPalpatine率いる帝国が出来上がっていくのかが緻密に綴られます。彼もまた民主的に選ばれている。悲しいことに。じわじわと権力の範囲を広げ、広げるためにはなんでもする。同時にそれに対抗するRebellionのヒロイズムと強いられる犠牲がこちらのストーリーの中心となります。

 

アンドーは色々な才能を持ちながらも、最初は利己的で自分勝手、反乱軍には簡単には賛同しません。帝国軍に刃向かうなんて到底無理、と考えています。その彼が反乱軍の重要な人物となっていく。

 

物語には反乱軍、Rebellionを作るためのキーとなるLuthenという人がいるのですが、こちらのスピーチは本当に心を打たれました。あなたは反乱軍のためどんな犠牲を払っているのか、という問いに対して彼が答えた言葉です。

 

Calm. Kindness. Kinship. Love. I've given up all chance at inner peace, I've made my mind a sunless space.

I share my dreams with ghosts.

I wake up every day to an equation I wrote fifteen years ago from which there's only one conclusion: I'm damned for what I do. My anger, my ego, my unwillingness to yield, my, my eagerness to fight... they've set me on a path from which there's no escape.

I yearn to be a savior against injustice without contemplating the cost and by the time I look down, there's no longer any ground beneath my feet.

What is my, what is my sacrifice? I'm condemned to use the tools of my enemy to defeat them. I burn my decency for someone else's future. I burn my LIFE to make a sunrise that I know I'll never see. The ego that started this fight will never have a mirror, or an audience, or the light of gratitude.

So what do I sacrifice?

EVERYTHING

 

<日本語訳はChatGPTにちょっと訂正を入れたものです。>

 

安らぎ。思いやり。絆。愛。
私にもはや心の平穏を得る望みをすべて捨てた。
光の差さない空間に生きる覚悟を決めたからだ。

私が夢を語るのは夢を共有していた死んだ仲間たちとだ。

毎朝目覚めるたび、十五年前に自分で書いた一つの方程式に向き合う。
そこから導き出される結論は、ただ一つ――
私は自分の行いのために地獄に落ちる。

怒り、エゴ、反抗心、
そして戦うことへの渇望……
それらすべてが、この道を選ばせた。

私は代償を考えぬまま、不正に立ち向かう救世主でありたいと願った。
だが足元を見下ろしたとき、そこにはもう地面はなかった。

私の犠牲とは何なのか。
私は敵を倒すために、敵の道具を使う運命にある。
誰かの未来のために、自分の良心を燃やす。
自分が決して目にすることのない夜明けを生むために、
私はこの命そのものを燃やす。

この戦いを始めたエゴは、
鏡を持つことも、観客を持つことも、
感謝の光を浴びることも決してない。

私は何を犠牲にするのか。

すべてだ。

 

巨大な権力に立ち向かうためには巨大な犠牲が必要。

アメリカにも選挙で選ばれた、権力をぐんぐんと伸ばしている大統領がいます。とにかく早くなんとかしなくては。

 

www.youtube.com

 

 

 

 

2025年に見た印象深かったテレビドラマ (1)

<<最後にネタバレ含む追記あり>>

 

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

過去2年ほどは日本で年明けをしたのですが、今年はアメリカで。

なので、どちらかというと気分は ハッピーニューイヤー! です。

 

今年の大晦日、家族みんなで見たのはNetflixストレンジャー・シングスの最終話でした。

 

最初に見始めた時息子は8歳、まさに9年前。五人の子供達が主人公で、モンスターと戦う冒険ドラマであり、描かれる世代は80年代。実は私も80年代に数年父の転勤でアメリカに住んでおり、グーニーズやET、ネバーエンディングストーリーをみて育った世代。(特にグーニーズは友達とグーニーズごっこをするくらい大好きでした。)D&D、世代の空気、音楽やファッション、奇想天外な物語展開に家族で一気に引き込まれてしまいました。

 

その後数年おきにリリースされるシーズン2、3、4と見続け、一部若干中弛みを感じる時もありながら、常に予想外な展開に目を奪われてきたシリーズの最終シーズンの最終話が大晦日の晩。

小学生高学年だった子供たちが高校を卒業するまでの6年間を描いた物語。(実際は、2016年に第一話がでたので9年かかってます)

すばらしいエンディングでした。

 

正直物語展開やイージーな善悪的なところはかなりの強引さがあります。

でもそんなことは気にならないくらい子供たちの成長はもちろん大人の成長を感じるドラマでした。

 

私としては80年代を子供として過ごしているので子供目線で気持ちが高揚すると同時に、今は母親でもあるので親として子供たちの行動にどぎまぎしたり、本当に感情が忙しいドラマとなりました。

 

特に最終話で私がこのドラマで受けた一番のメッセージは、どんな物語を自分の物語とするのかは、自分で選択する、ということです。

 

主人公の子供達はみんな人気者とは程遠い、どちらかというと暗かったり、オタクっぽかったり、Nerdyだったりで、どちらかというと周りからは疎まれている子供たち。でも一人一人、実は特別な才能を持っている。持ってるんだけどそれに気づくのは、環境や場に押されず、自分の恐れと向き合い自分の熱く光った何かを差し出す時だったりする。

 

つまり、自分が主役の自分の物語が描ける時だったりする。

 

 

私は誰でも熱く光った何かを持っていると思っていて、でもうまくそれが出てこないのはあまりに社会が厳しく何かと単一的な価値観で評価し、それに合わないと、とにかく自信をなくそうとする圧力が強いから、そんな気がしています。日本でもアメリカでも。

 

でも正直自分のスペシャルパワーをアンロックするのは自分一人では難しいんだよね。

周りに100%の自分を信じてくれる人がいないと。

自分を曝け出しても逃げ出さないと思える人がいないと。

 

でも仲間がいて、共通する目的があって、愛がある。

そしたら全てがUnstoppable!

 

そんなドラマです。私にとってストレンジャー・シングスは。

 

2026年、ストッパーを外し、フルスロットルでエンジンかけられるよう、

大切な人を応援したいです。

 

 

<<追記・一部ネタバレ含みます>>

たくさんの人がストレンジャー・シングスの感想を書いていてどれを読むのも楽しいのですが、一部の人たちがLGBTQの取り扱いに不満を感じているようです。あの80年代、誰もLGBTQなんて意識していなかったのに無理に物語に組み込んでいると。

 

私は全然そういうふうに思っていなくて、まさにそここそストレンジャー・シングスの良さだと思いました。物語は確かに80年代ものでファッションも、雰囲気も、音楽も、街並みも全て緻密に再現されていると思いましたが、物語のセンシビリティーは現代なところこそいいな、と思っていました。

 

もし80年代の感覚だったら、おそらくイレブンは男の子だったし、ルーカスは白人だったし、マシンガンを握るのはナンシーじゃなくてスティーブンだったし、ジョナサンとナンシーは最後結ばれてる。そうじゃないからこそ本当に好きだな、と思いました。

 

確かに80年代にLGBTQが描かれる映画はあまりなかったかもしれないけど、いなかったわけじゃない。もっともっと厳しい時代だった。ウィルが自分の一番の恐怖が、ヴェクナに殺されることではなく、カムアウトしたことで自分の一番に大切な人たちが去るのではないかということだったということに、ついもらい泣きしてしまいました。

 

正直今現代ですらカムアウトしたことで家族から縁を切られてしまう人たちの話がいます。残念なことだけど。

でも時代は確実に変わってきているし、こういうストーリーを描いていくことでさらに変わっていくと思うのでどんどん描いてほしいなと思います。

 

 

感謝の日

昨日はアメリカではサンクスギビングでした。

 

アメリカに来て20年以上、ほぼ毎年定番のターキーでお祝いしてきました。

今年も例年通り夫がターキーを準備して、夫の母親と彼女のお友達と一緒にお祝いしてきました。Threadsを見てもみなさん似たようなメニューでまさに日本におけるお節料理のよう。

家族も勢揃いで楽しそう〜!!!

 

でも、、、それと同時に結構見たのは実はあまりターキーが好きじゃないという意見。

よくわかります〜!

ターキー焼くの本当難しいんですよね。肉がパサパサしてしまう。

特に家族が十人以上も集まるようなお祝いではどうしてもチキンの数倍は大きいターキーを焼くけど、もも肉が焼ける頃には胸肉は焼きすぎで肉はパサパサ。それをグレービーをかけて誤魔化して食べる。こうやって食べてる人は多いと思います。

(第一そもそもターキーが美味しかったらもっと頻繁に焼くはず。でも大抵の家族がターキーの丸焼きをするのは1年に一回だけ。)

 

ターキー担当の夫も長年この問題に取り組んできました。

一晩ブラインしたり、フォイルを被せたり、ベーコンを乗せたり、たっぷりバターをまぶしたり。

いろいろ試した結果ここ数年はSpatchcock。

鳥の背骨をとって広げて焼く方式です。

 

www.sipandfeast.com

 

広げることで胸肉と同時にもも肉にも火が通り、時間は劇的に短縮でき胸肉もジューシー。

これをやり始めてからはこれ一本になりました。

(ちなみにチキンでも同じことができます。)

美味しく焼けるとターキーも美味しいんですよね。

 

我が家では料理が準備できてみんなが席を着くとまずは一人一人感謝していることを語り合います。

大抵はみんな同じようなことで、みんなの健康と暖かいサポート、そしてこうやって集まって楽しい食事を囲めることに感謝します。

 

そう、大火災や大規模な水害などのニュースを見るとこうやって家族で食卓を囲めるのは決して当たり前じゃないと思います。アメリカではこんなホリデーシーズンなのにレイオフの波がやってきていたり。

 

自分がまだ手にしているものを確認して言葉にして感謝を渡す。まさにThanks Giving。

 

そうそう、私は、毎年試行錯誤してくれたおかげでターキーを大好きにしてくれた夫にも感謝の言葉を送らないといけません。

いつもありがとう。

 

 

 

更年期と生きていく

ただいま更年期絶賛中です。

 

おそらく2年半くらい前でしょうか、初めて更年期だと自覚したのは。

火照りからでした。

 

何もしていないのになんか突然かあっと暑くなる。

汗ばむくらい暑くなる。

一週間のうちに何回かあって気づきました。

あ、これ更年期だ、と。

 

それからあらゆる症状を経験しています。

  • 睡眠障害
  • 頭痛
  • 倦怠感
  • 首の後ろのザワザワ感
  • ストレス耐性の低下
  • 免疫力の低下(風邪によくかかる)
  • ちょっとしたことでイライラする
  • 気持ちが落ち込む
  • 時たま頭が霧がかった感じがする

 

ひどい時は本当に起き上がるのも億劫で、週末とかは横になってばかり。とにかく何もしたくない。だるい。頭がいたい。

 

でも確実に波があって、しばらくすると軽くなる感じがするのでなんとかやってきたのですが、最近またひどくなった感じがしてあまりに辛いので一ヶ月ほど前に婦人科に行ってきました。

 

まずは先生に症状を説明すると速攻でエストラゲン・パッチをお勧めされました。最近の研究結果なども説明を受けました。まず最初はエストロゲン・パッチとプロジェストロンの飲み薬、もしこれでも症状が緩和されないようだったらテスタストロンもお勧めだと言っていました。

 

そしてその後検査も何もなくその日からパッチをすることになりました。ホルモン補充療法(Hormone Replacement Therapy)です。パッチは小さく(親指くらいのサイズ?)体のどこかに貼ればいいだけなのです、本当にこんなので効くのかなと思ったら、効果覿面でした。

 

突然なんかやる気が出てきた。

運動しても息切れしない。

なんとパッチをやり始めたその週末、家の近くでちょうどやっていたマラソン大会で5Kに参加しました。これには夫もびっくり。

 

めちゃくちゃホルモンバランスが崩れていたんだなあ、と思います。

とにかくエストロゲンが下がっている。

 

それから一ヶ月が経ち、やはり波があるのは確かですが確実にやる前よりは楽になっているのは確かです。

 

それまでの私はあまりに気持ちが落ち込むことが多いので、ひたすら楽しかったことを思い出したり、次の旅行の計画を考えたりしていました。あとこれだったら動きたくないため動かずにできますし。

 

もっと早く婦人科行けばよかった。

 

でもこのホルモン補充療法、最近まではアメリカでもあまり推奨されていませんでした。20年ほど前に行われた研究では乳癌など癌のリスクが高まるという結果で、それ以降長年あまり進められてきませんでした。しかし最近ではその研究の問題点が指摘されており、逆に新しい研究では骨粗鬆症認知症など改善されるかもしれないなどの研究結果になっています。

(医療や科学は常に通説に対しても疑問を持ち新しい研究を続けていくことで進化していく。本当感謝です。)

 

そのためここ2年ほどはニュースでも更年期障害の記事を見ることが多くなりましたし、私が勤めている会社でも更年期障害のための休暇も設けるようになりました。なぜならこの年代の女性25%くらいが仕事を続けるのが辛いほどの更年期障害を抱えており、また15%は実際にやめたり労働時間を少なくしたりしているという調査結果があるのです。まさに子供が大きくなり余裕が出てきてからのこのタイミングで更年期。経験を積んだ女性にいかに長く働き続けてもらうのかは会社にとっても大事な課題です。

 

また私個人としても、今回パッチをして効果を感じたことによってやはり今の自分はホルモンバランスの崩れの真っ只中にいるのだという自覚ができて良かったです。ただ単純に怠け者になっただけなんじゃないかという疑心は常にあるので。

 

そして更年期障害、本当に個人差があって同じ年代の女性と話をしていも、かなり違います。生理の軽い・重いの違いがあるように更年期も人それぞれ違う。でも今回なって良かったと思うのはその辛さがよおおおおおくわかったからです。また自分にはない障害が他の人にはあって他の人にはない障害が私にはある、その想像力が膨らむようになったからです。

 

優しくあろう。人にも自分にも。

 

更年期障害はどれくらい続くのでしょうか。あと7年くらい?

(一般ではホルモンレベルが落ち着くまで約10年と言われています。)

ようやく更年期と共に生きていく覚悟ができました。

 

 



 

おめでとうドジャース!!


うちにはサッカー少年がいるので野球よりもサッカーを見ることのが多いのですが、日本人選手の活躍を期待してWorld Seriesは見ていました。

 

見て良かった!!!

本当痺れました!!!

 

なんというゲーム展開。

シリーズ中どちらかというと終始攻めていたのはブルージェイズ

何度ドジャースこれでおしまいか、と思ったことか。

 

やはり18回までいった第3戦はかなり選手を疲弊させたように見えました。

アフターゲームではコメンテーターたちがこの激しい戦いを勝ち抜いたドジャースが次の試合優勢なんて言ってたのですが結果をみればその後2連敗。

 

とにかくブルージェイズのチームが強かった。

つねにベースに人を送る。

確実にヒットを重ねる。

とにかく今年は30年ぶりにチャンピオンになるんだ!!という執念を感じました。

 

素晴らしく感動するゲームになったのは本当に強いチーム同士が120%を出し切りギリギリのところで戦ったからだと思います。

 

New York Timesではこんな形で締めくくられています。

www.nytimes.com

 

In the end, the Dodgers did not ruin baseball. For these seven games, they teamed with the Blue Jays to show just how special it can be.

 

ドジャースがあまりにお金をかけていい選手を寄せ集めるので ”Dodgers ruined baseballドジャースが野球を台無しにした)"というMemeが広がっていました。MLBではNY・LAなど大都市にある球団と地方都市の球団で圧倒的な経済的な格差があることを危惧したMemeでした。

でも試合は水物。いくらお金をかけても調子がいい選手がいれば悪い選手もいる。特にここまでもつれ込むゲーム展開であればなおさら。いかにチームで勝っていくのか。どちらのチームも極限までプレーする選手たちをみて応援せずにはいられません。

今回のシリーズでは何度the greatest game of all timesという言葉を聞いたか。

 

そういう意味ではブルージェイズも勝者なんですよね。アメリカではどちらかというと落ち目であるMLBをまたエキサイトしてくれたという意味では。本当素晴らしい戦いでした。

 

また山本選手には本当驚きました。

大谷選手の凄さは知っていたのですが、正直山本選手の経歴は今回みるまでは知りませんでした。しかも試合後インタビューをみると本人すら2試合連続なんて自分でもびっくり、という感じなのが本当に大物すぎる!!大谷選手といい、山本選手といい、人が決めた枠を超え、常に自分と向き合い、天井をしらない向上心を持ち新しい道を切り開いていく姿は本当感動的です。またどちらもサポーターやメンターがいてチームで取り組んでいるのも素敵です。強さには理由がある。

 

またドジャースの監督Dave Robertsの采配もすばらしいな、と思いました。

選手の経歴、最近のStatsだけでなく時にはリスキーな決断をしながらも良い結果につながったのも選手たちを信頼しているから。ここらへんは実はWBCの栗山監督を研究したんじゃないかな、と思ってしまいました。どのスポーツも最近はデータが命。データ分析を生かしたチーム運営というのはどのチームもしていること。でもデータだけでは測れないのが個人の思い。今回思いの強さがプレーにつながったのではないかな、と思います。不調な選手がここぞ!!というところで打つというのはWBCの村上選手を思い出しました。

 

本当に楽しい数日間をありがとう。

みなさんよく休んでまた新しいシーズン頑張ってください!

高校サッカーの思い出

ついに息子の高校サッカーのシーズンが終わってしまいました。

最後の試合は、生徒数がうちの高校の倍はいるマンモス校。(なんと7千人!校舎もいくつもあって大学のキャンパスのようです。)

さすがに強豪校です。

何度も何度も攻められながらも、なんとか凌いでいたのですが、最後の2分半あたりでディフェンスに穴が空いてしまい、コロコロコロ、、、と。

 

ああああ、ついに入れられてしまった。

 

その後猛攻撃を仕掛けるのですが、流石に難しく、負けてしまいました。

そしてこれにて4年間の高校サッカーシーズンが終わってしまいました。

アメリカの高校は大学と同じく4年制になっています。)

 

振り返ると本当にいい経験でした。

 

1年目は3軍からスタートしたのに、上級生から結構プレーできると判断されて1軍まで上がったのですが、体も小さくあまり試合に出してもらえない辛い一年でした。

 

ならば2年目は2軍上等!と思っていたのですが、またまた1軍へ。でも体も鍛えられて、上級生とも同等にプレーできるようになり、どんどん活躍の場が増えてすぐにスターティングメンバーに。最後は監督からMVPをもらうくらい認めてもらいました。

でも最後のトーナメント戦では一回戦で敗退!しかも一週間前に5対1で勝ったチームです。ずっと攻めのゲームでチャンスは幾度となくあったのですが1点しか入らず同点となりPK負け。最後選手たちは泣き崩れていました。

1軍に引き上げてくれたキャプテンに気に入られて特訓を受けたのがいい思い出です。

 

3年目は中核メンバーに。フル出場も増えて大活躍。この年は強豪チームとも互角に戦い、最後PK合戦に持ち込むこと数回。その度にゴールキーパーがいい仕事をして強豪チームに勝って、セクション優勝!その後地区大会ではあと一歩というところで地区優勝を逃してしまいましたが今までにない大活躍で本当に盛り上がりました。そしてまたまた監督からMVP!

 

そして今年4年目、ついに息子も最上級生です。今年は監督からも戦略やチーム運営を相談されて自分のプレーだけでなく、チームのプレーについても声をかけていくポジションとなりました。また今年のチームはスター選手がいるわけではなく、とにかくチームで勝っていく試合ばかり。ゴールを決める選手もかなり幅がある。息子と話していると、チームの仲の良さや、お互いを信頼して支え合っている様子が伝わってきて、聞くたびに「本当に成長したな」と感じました。

トーナメントではセクションの最終戦はライバル校だったのですが、最後の最後で得点し優勝!去年に引き続きセクション優勝でした。ライバル校なのでたくさん生徒も見に来て大盛り上がりでした。

(そして次の試合が負けてしまった今回の強豪校でした。)

でも今年は、父が日本からこのアメリカの片田舎にはるばるやってきて5試合ほど観戦でき、家族にとってもかけがえのない時間が過ごせました。

 

さらに!!!シーズン終了後、監督から嬉しい連絡がありました。なんと州のセクショントップ25選手に入り、オールスター選手の試合に最後出られるようです。びっくり!!

対戦してきた高校の監督の得票数で決まるのですが、息子くんはミッドフィールダーでディフェンスでもオフェンスでも幅広く貢献するのですがゴールまわりなどあまり派手なプレーはしないタイプ。まさか選ばれると思っていなかったのでびっくりしました。

なのでクラブサッカーが始まる前、あともう1試合高校サッカーに出場できるようです。

 

すごい!本当君すごいよ!

勉強も頑張ってるし、いい友達もたくさんいて、こんなにサッカーも評価されてる。

本人にも何度も言っていますが、

I am so proud of you!

今まさに大学受験の申し込みをしていますが、結果どこの大学に行っても大丈夫だと思う。

あなたはどの場所でも自分の居場所を作れる人だと思うから。

 

We’re so proud of you and excited to see all the amazing things that await you in the next chapter of your life!

 

今年は雨が少なかったからなのか紅葉が綺麗!