荒木経惟さんのモデルをされていたかおりさんという方の #me too 告白をよみました。
これまでいろいろな #me too 告白を読みましたが、おそらく一番衝撃を受けたかもしれません。
何がひどいって、
- 15年にも及んでいたということ
- それがつい2年前まで起きていたということ
- 商業的に行われていたということ
- にも関わらずギャラはお小遣い程度
- プライバシーはズタズタ
- 肖像権全くなし
- しかもすべてこれがAVの現場とかではなく(それだってあってはいけないけれども)荒木経惟という世界的な写真家によって行われてきたということ
ひどい。ひどすぎる。
「OOだから何してもいい」
こういうニセ大義名分に寛容になっては絶対にだめだと思う。
どんな社会でも、業界でも、学校でも、家族でも。
こういう人はうまいんです。じわじわエスカレートして許容範囲を広げていくのが。
最初からすごく過激なことをさせていたら、きちんとはっきり断ったかもしれない。
でもそうはしない。
最初はちいさな我慢からはじめてじわじわエスカレートさせていく。
なんか嫌だと思いながらも、期待に答えたくてなんとかこなしていく。
気づくと本人はどうしてこんなところまで来ちゃったんだろうと呆然とするところに行き着いている。
もう死ぬしかないかも、と思い始める。
これっていじめの構造に似てますよね。
これはいき過ぎじゃないか、と止める大人はいなかったんでしょうか。
正直、契約書がないというだけで、半強制的に労働させられている人に対して法的な救済処置がないというのは、あまりに法律が弱すぎではないでしょうか。契約書がなければ何をさせてもよいのでしょうか。いや、たとえ契約書で合意していてもなんでもしてもいいというのはおかしくないでしょうか。
裁判所の一つの目的は、弱者救済じゃないんでしたっけ。
(ちなみにアメリカでなんでも契約書を署名させるのは、モデル保護のためではなく、会社や事務所が自分達を守るためです。後々になってモデルから「合意しなかった」「こんな形で使われると思っていなかった」etc. という訴訟を起こされないようにです。またアメリカは民事裁判も陪審員制度なので、心情に訴える、ということがよく効きます。)
#me too という活動が広がり、同じように虐げられていた人たちに勇気を与えて、自分のストーリーを告白する。
そして個人のストーリーが、どのメディアの編集も一切はさまず、一般の人に届く。
いい時代になったなと思います。
どんどんみんな勇気を出して告白してほしいと思います。
我慢している人が一人でも少なくなる事を祈ります。
ところでツイッターで見ていたら、最近の#me too に関して「されたすぐ後は何も言わず、みんなが言ってるからって告白するってなんだかな〜」的なコメントを読みました。
本当に幸せな人だな、と思います。
あまりに辛くて、恐怖で、起きたことを脳の中でなかったことにしたくなるくらいひどいことをされたことがない。
どころか、そんなことが自分に起きうるなんて想像すらできない。
幸せだな。
ほんとそんなことがありえないような社会がいいよね。
でも、まだまだそんな社会ではないので、やっぱり辛くても勇気を出してもらって、
こんな事されました!傷つきました!!こういうことはしちゃいけないんです!!!!
って告白してもらわないといけないんだと思う。本当に辛いと思うけど。
そうすることでしかこういう事例はなくならないと思う。
勇気を出して告白してくれた人達、みんなどうもありがとう。