今日も空が広い

アメリカの片田舎から思いつくままに…

小学5年生の息子がセクハラで校長室に呼ばれた話。

うちにはアメリカの現地校に通う小学5年生の息子がいるのですが、最近セクハラで校長室に呼ばれてしまう事件が起こりました。

 

1週間ほど前のこと、担任の先生から突然長いE-mailが届きました。

要約すると下記の通り。

  • 学校が終わる前数十分ほど時間があったので、クラスでグループで分かれて静かに遊ばせていた。
  • 一部の男子グループは連想系のカードゲームをしていていた。
  • その一部をちらっと立ち聞きした女子2名から、うちの息子ともう一人の男子がある女子生徒の名前をあげ、ある性的な言葉をはいたと先生に苦情があった。
  • 学校内でのセクハラ発言は問題なので校長先生に進言し、今後の二人の処分は校長先生に託すとのこと。

 

おそらくプライバシーとか親同士で問題が起きないように配慮してなのだと推測できますが、非常に匿名性が高い文章。正直イマイチ息子が何を言ったのかはよくわかりません。でもなんか大事のようで衝撃的な文言。

 

ってか、10歳時のセクハラって!!!

 

学校から帰ってきたら早速息子に確認しました。

息子曰く、

  • 連想ゲームをしていたら「Weak(弱い)」という言葉が出てきた。
  • 少し前に友達のA君が、Bさんはすぐ先生に告げ口するからWeakだと言ったことを思い出してBさんといってしまった。
  • すると別の友だちC君が、女性の体の一部を指す言葉(「おっぱ◯」みたいな)を言った。
  • 男子グループは大笑い〜みたいな感じでゲームが終了した。

というようなことのようでした。

 

もっともっとひどいことを言ったのかと不安になっていた私はほっと一安心。

それほどひどくない?

っていうかそもそもセクハラ発言は息子というよりは、C君の方?

 

でも正直、おそらく日本だったら問題なくさらっと流されるようなこと、きちんと対処してくれて本当に良かったし、いい経験させてもらったな、と思いました。たとえ悪気なかったとしても、他人を不快にする言葉は本当に気をつけないといけないと強く思います。そしてそういったセンスは小さい頃から教えるのが一番いい。

またいじめなどもそうですが、こういう些細な言動がゆるされていると、エスカレートして大事になったりするといつも思います。

(そういえば以前、いじめについても書いたな、と思って探したらなんと7年も前!)

 

http://motaken.hatenablog.com/entry/20120814/1344908664

 

 息子に対しては、こんなことを話しました。

  • 正直に話してくれてありがとう。
  • 先生のメールをみてもっとひどいことを言ったかと思ったので少し安心した。
  • でも、こういう連想ゲームで人の名前を上げるのは良くないことだし、相手が聞いたら不快だと思うことは言わないよう、もう少し考えて発言しよう。
  • またC君が言ったことは更に相手を傷つける言葉だということは理解できるよね。こういうことはたとえ男子同士の間でも言っちゃだめ。
  • 明日校長先生には二人で何があったか正直に話して、校長先生の処分を待とう。

そして次の日、校長先生にあって、色々話したようですが、最終的には二度とこういう事は起こさないように、ということでそれ以上お咎め無しで終わりました。 

 

ちゃんちゃん。

よかったよかった。

アメリカの場合、小学生でも停学とかありうるので〜ドキドキでした。)

 

ちなみに最後付け加えると、息子が言ったことは担任の先生にも確認し、認識があってることを確認しました。また先生には、Bさんへ謝罪文を作成したほうが良いかも聞きましたが、余計に恥ずかしがらせてしまうと思うので今の段階では必要なしとのことでした。

 

節分に幸あれ

ちきりんさんは昔から読んでいるファンなのですがこちらの記事を思わず考えてしまいました。

 

chikirin.hatenablog.com

 

遅ればせながら今日読んで、今でも廃棄ロスが問題なのを知りました。

 

(ちなみに恵方巻きが流行る前に日本を離れてしまったので、今年まで「えかたまき」って読んでました。てへ!恥!)

 

廃棄ロスということは会社の損になるわけでおそらく各社いろいろ考えているかと思いますが、面白いので私も考えてみました。

 

1.「自分で巻くと更に徳が得られる」を流行らせる。

海苔に酢飯がついているのも別売りして、具材パックとか、具材を選べるようにして最後は自分で巻いてもらうのを流行らせるのはどうでしょうか。こうすることで売れ残りを次の日別のものとして運用できるのでは。

 

2.データ分析・AIを使って需要予測をする。

過去の販売データ、曜日、天気、場所、etc などのデータからモデリングして需要予測して破棄率削減を達成する。モデリングができれば他店舗・他業種に需要予測サービスとして提供することも可能かも?

 

3.「売り切れ御免!」をセンス良くやる。

廃棄ロスを少なくするということは同時に売り切れてしまうことをいかにお客様に受け入れてもらうか、ということでもあると思うので、売り切れた際の対応を考える。次の年より早く購入してもらうためにはどうしたらいいか、、、私もよくわかりませんが何かあるかも?

 

4.2月4日はおほう雑炊の日!

残った恵方巻きは次の日雑炊にして売ってしまいましょう!

バレンタインの次の日はSingles Awareness Day みたいな〜イベントを企画するとか?

 

すみません、酔っ払っています。

 

でもGlobal Warmingと同様Food Wasteは大事な課題だと思っているので少なくすることは大事だな〜と思っています。

 

 

 

 

 

 

究極の毒親

とんでもない毒親を見てしまいました。

HBOの2018年7月公開ミニシリーズ作品、Sharp Objects

www.imdb.com

 

indietokyo.com

 

原作は「ゴーン・ガール」の作者ギリアン・フリンの第一作。

テーマは、殺人事件、自傷、毒母、関与しない父親、利己的な隣人、閉鎖的な町。

 

とにかく主演エイミー・アダムズが本当に良かった。自傷癖のあるカミール・プリーカー(エイミー・アダムズ)がジャーナリストとして殺人事件があった町を調査するために実家に帰るというところから始まるこの物語。痛々しさ全開なのに、それもしょうがないと共感させられる演技力!

 

こんな傷を負った人もいることを教えてくれてありがとう。

 

っていうか、ゴーン・ガールにシャープ・オブジェクト。その他の作品もかなりダークらしい。いったいこの作家はどんな闇を抱えているのでしょうか。

 

毒親問題に悩んでいる人は見ないほうが良い気がします。。。本当に痛々しいので。。。。)

 

それは呪いだから早く逃げたほうがいい

こちらの方の#me tooの話も読みました。

 

note.mu

 

本当に世の中とんでもない人間、たくさんいるな、と思います。

っていうか、セックスするためにこんな凝った詐欺って、どれだけ人間的な魅力がないってことなんでしょうか。そんなことして自分の自尊心は高まるのでしょうか。

はあああ〜。

 

こんな行為、オレオレ詐欺と同様犯罪じゃないかなと思うので、本当に自分を責めないでほしいな、と思います。

 

でも正直私が読んでいて一番悪質だなあと思ったのは、石川さんのマネージャーです。

 

嫌だと言っているのに無視されどんどんエスカレートしていく。

なんかおかしいと思いつつ、でもこれが自分に必要なのだと自分に言い聞かせ、全力のスマイルで仕事をこなしながら何故か元気をなくしていく石川さん。

 

 

。。。。でもそれはすべて呪いです。

そして呪いからは早く逃げたほうがいい。

 

 

作家の田口ランディーさんによると、

 

呪いというのは、口という字が入っているとおり、口で行う。もともと呪いとは相手を縛ってがんじがらめにして生気を奪い取ることなのだそうだ。いかにもおどろおどろしいが、こんなことは誰でもやっている。特に、男と女の間、親と子の間でよく見かける。

そのような密なあるいは蜜な関係になってこそ、人は他者を呪うことができるほどに他者を憎しみ愛するということなのだろう。

 

呪いの特徴は、まず「意味不明の反復」に始まる。

呪いの言葉というのは明瞭ではおかしい。相手を縛るためにはまず不明瞭であることが重要なのだ。よって人は呪いをかけるために、不明瞭な反復を行う。理解不能だ。

なぜなら呪いは理解を嫌うからだ。理解されては呪いにならない。

「あなたのためだけを思ってるのよ。」「なにが気に入らないのかはっきり言ってよ」「おまえ俺をなめてんのか」「お願いだから私のこともわかって」「俺はお前のことだけを思ってやってるんだ」などは典型的な意味不明の呪いの言葉だ。この言葉を繰り返されても、相手は答えることができない。相手の答えを封印しつつ、答えられない質問を繰り返すことで相手に呪いをかけているのだ。呪いの言葉をかけられた相手は沈黙するしかない。答えは最初から封印されているのだ。

相手に問い詰められて何も言えなくなる。その瞬間、すでに呪いが始まっている。

 

そもそも、呪いの目的は相手を遠ざけるためではなく、相手を縛るためなので、呪いを操るものは必ず相手のそばにいる。呪いをかけている人は、相手を縛りながら自らをも縛るのだ。人を呪えば穴2つ、と言う通り、呪いは相互的なものである。しかし呪いを唱え続ければ、相手はいつしか生気をなくして、ひどいときは死んでしまうので、相手が死んだ時点で呪いをかけた者は自由になる。

 

 「根をもつこと、翼をもつこと」(新潮文庫社)

 

「お前のために言ってやってるんだ。」

「こんなこともできず、本当にやる気があるのか。」

「俺の女なのになんの不服があるんだ。」

 

こんな問を何度も何度も投げかけられその度絶句しながらどこか自分の身が削られるを感じられたら

 

それは呪いです。

 

あなたは呪いをかけられている。

 

 

生気をすべて吸い取られる前に逃げたほうがいい。

 

 

 

 対等な関係だったら、「え、何言ってるの?」と言い返すことができる。

でも上下関係があるから、絶句し、縛られ、疲弊していく。

 

解決策は、一つだけ。

とにかく離れる。物理的にも精神的にも。

 

田口ランディーさんのいうよう呪いをかけている人の目的は縛ること。

相手は巧妙に自分から離れたらどんなにひどいことになるか何度も何度も伝えることでしょう。

 

一切無視です。

相手はあなたを縛りたいだけ。

そしてそれは愛じゃない。

 

呪縛から一日でも早く抜けられますように。

 

写真家、荒木経惟さんの元ミューズだったKaoRiさんの#me too 告白を読んで

 

荒木経惟さんのモデルをされていたかおりさんという方の #me too 告白をよみました。

 

note.mu

 

これまでいろいろな #me too 告白を読みましたが、おそらく一番衝撃を受けたかもしれません。

 

何がひどいって、

 

  • 15年にも及んでいたということ
  • それがつい2年前まで起きていたということ
  • 商業的に行われていたということ
  • にも関わらずギャラはお小遣い程度
  • プライバシーはズタズタ
  • 肖像権全くなし
  • しかもすべてこれがAVの現場とかではなく(それだってあってはいけないけれども)荒木経惟という世界的な写真家によって行われてきたということ

 

ひどい。ひどすぎる。

 

 

「OOだから何してもいい」

 こういうニセ大義名分に寛容になっては絶対にだめだと思う。

どんな社会でも、業界でも、学校でも、家族でも。

 

 

こういう人はうまいんです。じわじわエスカレートして許容範囲を広げていくのが。

 

最初からすごく過激なことをさせていたら、きちんとはっきり断ったかもしれない。

でもそうはしない。

最初はちいさな我慢からはじめてじわじわエスカレートさせていく。

なんか嫌だと思いながらも、期待に答えたくてなんとかこなしていく。

気づくと本人はどうしてこんなところまで来ちゃったんだろうと呆然とするところに行き着いている。

もう死ぬしかないかも、と思い始める。

 

これっていじめの構造に似てますよね。

 

 

これはいき過ぎじゃないか、と止める大人はいなかったんでしょうか。

 

 

正直、契約書がないというだけで、半強制的に労働させられている人に対して法的な救済処置がないというのは、あまりに法律が弱すぎではないでしょうか。契約書がなければ何をさせてもよいのでしょうか。いや、たとえ契約書で合意していてもなんでもしてもいいというのはおかしくないでしょうか。

 

裁判所の一つの目的は、弱者救済じゃないんでしたっけ。

 

(ちなみにアメリカでなんでも契約書を署名させるのは、モデル保護のためではなく、会社や事務所が自分達を守るためです。後々になってモデルから「合意しなかった」「こんな形で使われると思っていなかった」etc.  という訴訟を起こされないようにです。またアメリカは民事裁判も陪審員制度なので、心情に訴える、ということがよく効きます。)

 

 

 

 

#me too という活動が広がり、同じように虐げられていた人たちに勇気を与えて、自分のストーリーを告白する。

 

そして個人のストーリーが、どのメディアの編集も一切はさまず、一般の人に届く。

 

いい時代になったなと思います。

どんどんみんな勇気を出して告白してほしいと思います。

我慢している人が一人でも少なくなる事を祈ります。

 

 

 

ところでツイッターで見ていたら、最近の#me too に関して「されたすぐ後は何も言わず、みんなが言ってるからって告白するってなんだかな〜」的なコメントを読みました。

 

本当に幸せな人だな、と思います。

 

あまりに辛くて、恐怖で、起きたことを脳の中でなかったことにしたくなるくらいひどいことをされたことがない。

どころか、そんなことが自分に起きうるなんて想像すらできない。

 

幸せだな。

ほんとそんなことがありえないような社会がいいよね。

 

 

でも、まだまだそんな社会ではないので、やっぱり辛くても勇気を出してもらって、

 

こんな事されました!傷つきました!!こういうことはしちゃいけないんです!!!!

 

って告白してもらわないといけないんだと思う。本当に辛いと思うけど。

そうすることでしかこういう事例はなくならないと思う。

 

 

勇気を出して告白してくれた人達、みんなどうもありがとう。

 

生きる道

*3月19日追記あり

 

私も今年WM10周年です。id:kobeni_08さんが書かれた こちらの記事を読んで気づいてしまいました。

  

www.e-aidem.com

 

私もこの10年、子供が病気になったり、それをもらって自分が病気になったり、保育園、小学校のケアをしたり、どちらが出張に行くのか夫と喧嘩したり、いろいろありました。

 

。。。でも、様々なブログを読むと、日本のWMの方々よりは楽だったな、と正直思います。

 

何が違うのかな、と思うと、

 

一つはアメリカで勤務する会社では、男女、子あり子無し、関係なく大抵5時過ぎには会社を出る事。夫も大抵6時には家に帰ってくるので夫が子供を迎えに行く事も当たり前。もちろん忙しい時期、そうではない時期色々ありますが、おそらく皆だいたい週35−50時間平均で働いている。

*ちなみにアメリカは広く振り幅もかなり激しいので、私が住む環境のあたりでは、の話です。

(本当、日本も2:8の法則に則って、労働人口8割位の人の平均労働時間が週40−50時間の勤務になると本当にいろいろ変わるのでは、と思います。)

 

あと、もう一つ違うな、と思うこと。

それは日本では女性がどの選択をしても責められている感じがすること。

女性は何故かどの選択をしても「すみません、すみません」と頭を下げながら自分の道を進まなくちゃいけないような空気。

 

時短で働いているWM → 遅くまで働いている同僚に「すみません、すみません」

バリバリ働いているWM → 家族に「すみません、すみません」

専業主婦 → 働いてなくて「すみません、すみません」

独身、子供なし → 子供いなくて「すみません、すみません」

 

 

どうして女性ばかりこんなにまわりに謝りながら自分の人生すすめないといけないんじゃ!!!!

 

 

でも、こういうのがじわじわと効いてくる。

どの選択をとっても、どうしてもどこか後ろめたさを感じてしまう。でもだからこそ、この選択で良かったと思いたい、そんな複雑な感情。

 

だから友達、同僚、後輩、自分の部下が自分と違う決断をすると、残念な気持ちになる。いやもっというと、何故か傷ついてしまう。

 

こういう感情がこういった形になってしまうのでは、と思います。

 

business.nikkeibp.co.jp

 

 

 

私たちはもっと自由になっていい。

 

もっともっと自分がどうしたいのか、どう生きたいのか貪欲であっていい。

 

 

 

同じ親になるにしても、Kobeniさんが言うように、

 

もしあなたがこれから「親になる」としても、会社で目の前に座っている先輩と、まったく同じ親になる必要はないです。あの人のようにできないと思ったら、その人が掻き分けて作った道の、ちょっと横に脇道みたいなものを作って、そろりそろりと歩いても別に良い。「私は、『ほんとうは』こういう風に生きたい」という気持ちをないがしろにせず、できるだけ心の声に耳を傾ける。夫や上司など、自分の周囲の人に、その気持ちについて粘り強く話す。そうやって、自分が一番心地よいと思う「仕事と育児」のバランス、自分のスタイルをつくっていけば良いのだと思います。 

 

そう、自分のスタイルをそれぞれ作っていけばいい。 

 

 

英語に  unapologetic という言葉があります。

 

直訳すると、反謝罪的。

 

(*3月19日追記:最初は「非謝罪的」と訳していましたが、どちらかと言うと「謝罪的」でいることが強いられる日本では敢えて「反謝罪的」のほうが適しているかもしれないと思い変えました。)

 

つまり「すみません、すみません」という態度の対義語です。

私のイメージでは、人に何を非難されても、自分は自分の道を生きます、という覚悟と自信を感じる言葉です。

 

 

私たちは誰にも謝らなくていい。

 

 

 

また謝らない、というのは感謝しない、というのとは違います。周りの人への配慮は大切だし、サポートしてくれる人への感謝の気持ちはいつもある。

 

私の生きたい道をサポートしてくれてありがとう。

あなたのサポートもいつでもするよ。

どの生き方もアリで、みんな自分が居心地のいいところを模索している。

 

 

こういう社会が私の理想です。

 

最後に、最近私のお気に入りの曲を。

The Greatest ShowmanからThis is Meという曲です。

 

When the sharpest words wanna cut me down
I'm gonna send a flood, gonna drown them out
I am brave, I am bruised
I am who I'm meant to be, this is me
Look out 'cause here I come
And I'm marching on to the beat I drum
I'm not scared to be seen
I make no apologies, this is me

http://oscar.go.com/video/oscars-2018-highlights/keala-settle-performs-this-is-me

 

(3月19日追記:Youtubeのビデオがアクセスできなくなったみたいなのでオスカーのウェッブサイトのビデオに変えました。)

 

 

結婚って何?

何故かまたまた結婚について考えてしまっています。

こんなのを読んだから。

 

anond.hatelabo.jp

 

泣いてしまう彼女の気持ちがわかる。

結婚してもいいじゃだめなんだよ、結婚したいって思ってもらいたい。

とてもわかる。

 

。。。でも私はなぜそう思うのか。

。。。なぜ結婚と同棲は違うのか。

 

私は、すべての人が結婚するべきだとは思っていません。

結婚でハッピーになる人もいれば辛くなる人もいる。

別に結婚しなくてもハッピーな人はたくさんいる。

私はハッピーな人が増えるといいなあ、と思っています。

 

でも自分は結婚したいけど相手はしてもしなくてもいい、はかなりつらいな、と思います。(相手は自分のことを好きでそれがわかるだけに余計につらい!って気がします。)

 

なぜ?

結婚って何?

 

もやもやと考えながら通勤していたらラジオでこちらの話が出てきて、ああ、そうだ、結婚ってそうだよね、てすごく納得しました。

 

Edith Windsorはレスビアンで、アメリカで結婚できなかったためカナダで結婚し、2013年にアメリカの最高裁判所にはじめて同性の結婚を認めさせたLGBTQの先駆者です。この判断がアメリカでLGBTQの活動を活発化させ、後に最高裁判所によりアメリカでも同性結婚ができるようになります。

 

(今日お亡くなりになったようです。ご冥福をお祈りします。)

 

www.npr.org

 

"The fact is, marriage is this magic thing," Edie says. "I mean forget all the financial stuff — marriage ... symbolizes commitment and love like nothing else in the world. And it's known all over the world. I mean, wherever you go, if you're married, that means something to people, and it meant a difference in feeling the next day."

 

そう、前には結婚はコスパがいい、なんて書きましたが、でもコスパのために結婚するのではない。

 

marrige symbolizes commitment and love

 

コミットメントと愛、それが結婚。

健やかな時も病める時も、いいときも悪いときも、良い部分も悪い部分も、愛し続けるという覚悟と決意。

 

もちろん将来うまくいかなくなって離婚することもあるかもしれない。それもしょうがないと思う。だめだとわかっているものを続けるほど辛いことはないと思う。

 

でもそれでも、結婚するその瞬間はどんなときでも一緒に歩んでいきたいという覚悟、これが結婚なのかな、と思います。

 

だから、恋人でお互い好きなのに一方にそこまでの覚悟がないという事実がつらい。

 

逆に言えばお互いそう思える、というのが奇跡的なものなのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

結婚のコスパ

こちらの方の記事を読んでなぜ結婚したくない人が多いのか、その分析になるほどな、と思いました。

 

wildriverpeace.hatenablog.jp

 

ただ思ったのが、結婚自体は私はコスパがいい、と思っていることです。

 

どちらにも収入があって結婚すれば、住居や食費その他雑費の折半、税金の恩恵、その他会社の控除など、金銭的メリットは多い。

その上、もしどちらかが職を失えば安全装置になる。

 

(これアメリカにいると特に大事です。いつどんな理由で解雇されるかわからないので。だから私は絶対仕事していたい。仕事をするのが好きだというのもありますが。)

 

でも子育ては本当にコスパが悪い。老後の面倒と同じくらいコスパが悪い。

 

当たり前です。

知識、経験、体力が総動員の上、24時間体制で対応しなくてはいけない。しかも失敗すれば生死に関わる。言ってみれば最低賃金では絶対にしたくない仕事です。だからどんなに効率よくやっても(例えば3−4人位まとめて面倒見ても)外注すればどうしたってとてもお金はかかる。

 

だから、愛情とか家族の一員としての責任感で、多くの人はなんとかしている。

 

おそらくこれから日本はたくさんの独身者が老後を迎えることになるのでは、と思います。そして若いうちに死ななければ誰もが迎える老後。自分の未来。その際だれがその面倒を見るのか。

 

家族だけでなんとかするというのはもう古い。

それを超えた仕組みづくりが大事だと思います。

 

 

呪いと戦うということ

 

遅ればせながら、この年末年始時間があったので、話題にのぼっていた「逃げ恥」のドラマを見きってしまいました。

 

www.tbs.co.jp

 

(あまり日本のドラマを見ない私としてはなぜかチョビっと恥ずかしい。。。なぜかしら。。。)

 

でもとてもいいドラマだなあ、と思いました。

いろいろな縛り、不自由、呪いをテーマにしていました。

気づいたのはこんなところ。

 

  • 女性は年齢が高くなるほど価値が低くなるという呪い
  • 童貞・処女は恥ずかしいという呪い
  • 愛があればお金いらないでしょという呪い
  • 高齢独身であれば美人でバリキャリで人生エンジョイしてなくてはいけないという呪い
  • 自分がどうしたいかより人からどう見えるかが大事という呪い
  • ゲイは危険だという呪い
  • イケメンという呪い
  •  女性は可愛くてちょっと馬鹿なくらいが一番良いという呪い

 

レッテルを貼られるのは辛い。それがたとえポジティブなレッテル(例えばイケメン)だとしても。

 

レッテルじゃなくて自分を見てほしい。

 

 

 

こういう呪いと戦うということは、そのレッテルの外側を行くこと、つまりまわりからしたら恥ずかしい行動をとるということ、な気がします。

 

このドラマは、あがきながら、恥をかきながら、自分を出してレッテルじゃない自分が愛されていく過程を描くいいドラマだなあ〜と思いました。

 

 

いや、ほんと、恥をかくって大事なこと。

人生恥をかいてなんぼ。それが経験値につながっていく、と思います。

 

(もしめちゃくちゃ恥をかいて再起不能!!と思っている人がいれば、こちらの動画でも。大晦日にタイムズスクエアーの大衆の前で大恥かいたマライア・キャリーです。歌のディーバが歌わないって!!でもこんなあとでも彼女のツアーは続きます。)

 

www.youtube.com

 

 

 

 

かっこばっかつけてちゃだめ〜

 

2017年良い年になりますように。

 

 

不登校

大統領選についてはまだまだ傷がうずくのですが、沢山書かれてますし消化するのにはまだ時間がかかりそうなので違う話題を。

 

不登校

 

大学時代の友達の子供が不登校になり相談にのっています。

まだ小学生。

 

 

そのため不登校についていろいろ考えています。

 不登校難しいですね。

 

やはりいじめをきっかけに学校に行きたくなくなることが多いようです。(昔いじめられて自殺した中学生にショックを受けていくつか記事を書いたことを思い出します。)

 

友達の子供も最初は学校のいじめが嫌で休むようになったそうです。でも登校しぶりが長期化していく中、だんだんとそれはきっかけに過ぎず、親が変わらないと子供も変わらないという考えに至ったそうです。

 

 

私が思ったことを幾つか。

 

 

 

親は絶対に自分を責めないで欲しい。誰にだって起こることだから。

自分を責めて過去を振り返っても過ごした時間は戻ってこない。未来にフォーカスして今何ができるか考えたい。

 

止まったものを動かすのは動いているものを動かすより難しい。

前はなんの問題もなく楽しく学校に行けていても不登校になったあとは一日学校に行くだけでも相当にエネルギーを使う。別室登校でも学校に行けるだけですごいこと。

 

どんなに小さくてもできるようになっている事に注目する。

「明日は学校に行く!」といったのに行かなかったりすると親はすごくがっかりする。

でも学校に行けるようになるにはステップが必要で、

  ステップ1.意思を持つ

  ステップ2.意思を言葉にする

  ステップ3.行動に移す

たとえ行動に移せなくても2まではすすんでることを褒め、励ます。

 

 

子供が一番苦しんでいることを尊重する。

子供が学校に行かないなんて言われたら親は不安のどん底に落とされた気持ちだと思うけど、自分の不安はひとまず脇において子供の不安に向き合う。(ってこれが一番難しいと思うのですが。。。)

 

 

 

うちの子が「学校に行きたくない!」と叫んだ時の事を考えて、自戒の意味でここに記しておきたいと思います。